愛媛県は言わずと知れた日本有数の柑橘の生産地。県内ではさまざまな種類の柑橘が栽培されていますが、厳冬期に人気なのは、1月下旬~2月にかけて収穫される「甘平(かんぺい)」。
まだ愛媛県内でしか栽培されておらず、栽培方法も難しいことから流通量が少なく、そのためキログラムではなく個数単位で値段がつけられているほどの高級品種です。ですが、滅多に自腹で柑橘を購入することがない愛媛県民でさえも、甘平の時期になるとついふらふらと財布を開き、その値段に躊躇することなくどーん!と買ってしまうほど、とてつもなくおいしい柑橘なのです。ジューシーでぷるっぷるん、濃厚な甘さのみずみずしい果肉がぎっしりつまった「甘平」は愛媛の宝と呼んでもいいほど。
そんな愛媛の宝「甘平」栽培農家を、海と陸が複雑に入り組んだリアス式海岸を持つ四国西南部、愛媛南予地方の宇和島市に訪ねました。
愛媛が誇る高級柑橘「甘平(かんぺい)」
甘くて平べったい形をしていることから名づけられた「甘平」。
2007年に新品種として登録された愛媛県内でのみ栽培を許可されている高級柑橘です。写真左の温州みかんと比べると、その大きさが分かりますよね。(このクラスの甘平だと愛媛県内のスーパーでは、だいたい1個600円くらいで売られています。)
この大きな実の中いっぱいに、甘さたっぷりの果肉がぎっしりと詰まっています。では、半分に切ってみましょう!
果肉を包んでいる皮がとても薄いので、外皮からそのまま果肉が成っているように見えてしまいますね。また、こんなに大きいのに種がなく、皮もむきやすいのでとても食べやすいのです。
とーってもジューシーでぷるっぷるで、さわやかな甘さが口いっぱいに広がる「甘平」。同じ高級柑橘にランクされる、12月がシーズンの「紅まどんな」よりも甘さが際立ち、味の輪郭がひとまわり奥深い味わい。
甘平を食べたら他の柑橘は味がしないと思うほど、濃い甘さがたっぷりの超絶おいしい柑橘です。このおいしさは本当に愛媛の宝と呼びたくなります。
このぷるっぷるでとってもジューシーな甘平を使った、かんたんスイーツ「甘平のレアチーズ」のレシピはこちら。
柑橘づくり約50年の大ベテラン、三浦義博さん
このおいしい甘平を作っているのが、宇和島市に住む三浦義博さん。約50年前から柑橘栽培の道に入り今年で73歳になる三浦さんは、「柑橘名人」と呼ばれる大ベテランの柑橘専業農家です。
三浦さんが育てる柑橘類はおいしいと評判で、JAを通して市場に出荷している以外にも、直接三浦さんを指名して購入する果物店やレストランなどのリピーター顧客を数多く抱えています。
三浦さんが柑橘栽培を営む宇和島市は、海と陸が入り組んだリアス式海岸を持ち、鯛やブリ、真珠などの養殖産業が盛んな、松山市から車で1時間半ほど南に走ったところに位置する南予地方の中心都市。
三浦さんはこの九州との間の宇和海をのぞむ宇和島市西部の山々に約3.5ヘクタールの柑橘畑を持ち、うち30アールに約300本の甘平の木を植えています。
高級柑橘の甘平はオレンジの色を濃くするのと獣害を防ぐため、収穫1か月くらい前からこのように、実のひとつひとつに黒いネットがかけられています。
手間はかかりますが、なるべくネットを付けた状態で収穫して数日間倉庫で休ませると甘味がいっそう強くなるのだそう。
奥さんと息子さんの他に3人ほどの人を雇って、毎年1月の終わりに1週間ほどかけて甘平の収穫を行います。
甘平栽培に最重要なのは水の管理
鮮やかなオレンジに色づき、実の中いっぱいの果肉で枝もたわわにぶら下がっている甘平の実。
ジューシーで甘い柑橘を成らすためには水を与えすぎないことが大切です。が、外皮が薄い甘平の場合、水が足りないと中の果肉に押されて外皮が割れてしまうので、より正確な水分管理が求められます。
ということで、おいしい甘平の栽培にには欠かせないのが「点滴灌水」というシステム。一定の間隔でホースにこのような小さな穴が開いており、ここから甘平の木にじわじわと必要最低限の水が与えられます。
甘平はこの点滴灌水システムがないとおいしい実をつけることができないので、三浦さんの甘平畑の木の足元一面には点滴灌水のホースが広がっています。
木の状態や地面の状態を見ながら、ジューシーで甘い状態の実をならせるためにしっかりと計算された水量が与えられています。
おいしい柑橘を実らせるためには、木のコンディションをまめにチェックし適切な水分管理をしてあげることが最重要なのです。
作業のお供はあの、愛媛のゆるキャラ!
と、「点滴灌水」のホースを片付けている三浦さんのポケットから何か緑のものがぶら下がっていることに気が付きました。
あら、三浦さんの携帯についているマスコットは愛媛のゆるキャラ「みきゃん」の天敵の「ダークみきゃん」でした!
元々はみきゃんを付けていたとのことですが、少し前にみかん畑で三浦さんが作業をしている間に行方不明になってしまったとのこと。
「同じのを付けるのも面白くないもんだから、今度はこのコにしたんだよ。悪そうなところがいいよねぇ~」とおちゃめな三浦さん。
愛媛のゆるキャラ「みきゃん」は柑橘農家の三浦さんが愛する柑橘の妖精。作業で使うトラックのフロントガラスにも、奥さん手作りの「みきゃん」がいました!
奥さんが言うには、三浦さんがいるところにはだいたい、みかんかみきゃん、あるいはダークみきゃんの誰かがいるとのことでした。
特製のいりこ入り肥料で木をねぎらう
(▲コンテナに詰められた三浦さんオリジナルの肥料)
収穫を終えた甘平の木々は静養時期に入ります。三浦さん曰く「出産したばかりのお母さんと同じだからね。栄養をつけて休ませてあげないと」と、いうことで肥料を与えて休ませます。
そしてスゴイのは、樹勢を回復させるために与える三浦さんオリジナルの肥料には「いりこ(煮干し)」が入っていること!
なんと、三浦さんとこの柑橘の木はおいしい実を成らせたご褒美に、栄養たっぷりのいりこを食べてるんですよ!
いりこ入りの肥料を与えているのは、宇和島周辺では三浦さんのところだけ。いりこ肥料は手間もかかればコストもかかるので、他の農家さんが真似したいと思ってもなかなか難しいのだそうです。
みかん農家に甚大な被害をもたらした西日本豪雨災害
肥料コンテナの脇に置かれていたこの大きなタンク。用途を尋ねたところ、昨夏の西日本豪雨災害時に大きな被害を受けた隣町、宇和島市吉田町の農家へ水を運ぶのに使っていたとのこと。
(▲宇和島市吉田町 2018.8月撮影)
愛媛みかん発祥の地とされる宇和島市吉田町は、2018年7月の西日本豪雨災害で甚大な被害を受けました。おいしいみかんを実らせるはずだった柑橘の木々は、山の緑の中にあちこち茶色の筋を残し、むき出しになった山肌の土砂とともに崩れ落ちてしまいました。
(▲宇和島市吉田町 2018.8月撮影)
至るところでみかん山が崩れてしまった吉田町。町の広域にわたって土砂崩れや冠水が発生し、何人もの尊い命が失われ、災害派遣の自衛隊が入る未曾有の大災害でした。かろうじて残った柑橘の木々の手入れをする余裕など、吉田町の農家には全くありませんでした。
さらに町内の浄水場までが被災してしまったため、吉田町内では7月7日の被災日から8月中旬まで、暑い中で1か月半以上も水道が使えない日々が続きました。
(▲左山の一番奥、青い頂をほんの少しだけ見せているのが吉田町の山)
吉田町の仲間の窮状をなんとかせねば、と近隣の農家たちはタンクいっぱいの数トンの水をトラックに積み、断水が解消するまでの間の毎日それぞれ吉田町のみかん山まで届けていたそうです。
「宇和島の山も崩れたけど、吉田とは被害の規模が違う。わしも50年柑橘やっとるけど、あんなひどい山崩れがいっぺんにおきよるなんて思いもしなかったけん…」
西日本豪雨災害から半年が過ぎましたが、吉田町の被災農家が置かれている状況は依然厳しいまま。吉田町周辺のみかん山の復興には20年以上かかるともいわれています。
おいしい柑橘を生涯つくり続けていきたい
太陽の光と潮風をいっぱいに浴びて育つ、愛媛の甘くてジューシーな柑橘。私たちがおいしい柑橘を食べることができるのは、自然の恵みと三浦さんたち柑橘農家の努力があってこそ。
「わしの一番の財産は健康!だからこれからも足腰丈夫で、みんながおいしいって喜んでくれるみかんを生涯現役で作っていたいんよ!」
名人と呼ばれる人は技術もそうですが、やっぱりその人自身にもパワーがあります。元気ハツラツの三浦さんは、73歳とは思えないほど軽々とした身のこなしで、今日も柑橘のお世話をこなしています。