/ありふれた日常を過ごせることが最上の幸せ~ 愛媛県西予市野村町・楠牧場

ありふれた日常を過ごせることが最上の幸せ~ 愛媛県西予市野村町・楠牧場

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四国地方有数の酪農のまち、愛媛県西予市野村町。町の東部には標高1200mを超える四国カルスト大野ヶ原があります。青い空の下、緑豊かな高原の牧草地で牛が草をはむ光景は、”四国の北海道” とも例えられています。

そんな酪農がさかんな野村町の高台で、60頭あまりの乳牛の世話を家族で行っている楠(くすのき)牧場。そこの3代目牧場主であり、酪農家歴約20年の楠さんに、酪農を営む暮らしについてお話を伺いました。

 四国有数の酪農地帯 愛媛県西予市野村町

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愛媛県西予市野村町の東端は、高知県との県境を接して標高1400mの四国カルストの急峻な山々に囲まれた高原地帯です。夏は涼しく冬は雪が降り積もる土地柄であることから、大野ヶ原地域は四国の北海道とも呼ばれています。

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今回訪ねる楠木牧場は、野村町中心部より少し北に行った丘の上にあります。酪農が行われているこの辺りでは人間のための野菜ではなく、「ソルゴー」という牛が食べるモロコシ草が畑一面に栽培されています。

乳牛60頭を飼育する「楠牧場」

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ここで乳牛約60頭を飼育しているのが、楠 亮(くすのき りょう)さん、41歳。昭和の初め、楠さんのおじいさんの代から続く乳牛専門牧場、楠牧場の3代目頭主です。

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牧場内では、牛を牛舎に繋がずに放し飼いにするフリーバーンという方法で、約60頭のホルスタイン牛を成育。そして楠さんと奥さんの里美さん、お母さんの洋子さんの3人で世話をしています。

乳牛たちは牛舎内を自由に歩き、食べたい時に草を食べては水を飲んだり、好きな場所でリラックスして横になったりしている様子はまさにストレスフリーな生活。

のびのびと育っているせいか、楠さんの乳牛はみんな毛並みもよくてツヤツヤ、そしてお乳も大きいのです!

 乳牛たちの体をつくる重要な餌やり

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この乳牛たちが一日に生産する乳量は、1リットルの牛乳パックに換算すると、一頭あたりだいたい30パックになるのだそう。

とはいっても個体差があり、50リットル以上出る子もいれば、10リットルしか出せない子もいます。

乳をたくさん出してくれる子にはその分、栄養価の高い餌をあげなければいけないため、楠さんは耳の番号札の他に、一日の搾乳量が40kgを超える子の頭を緑、30㎏以上の子をピンクに塗って分かりやすくしています。

※搾乳量は日々変わるので、すぐに色が落ちてしまう弱い塗料を使用しています。

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食べたい時に食べられるように、柵の外にはいつも牧草が撒かれていますが、時間を区切ってしっかり食べさせなければならない餌が、こちらの配合飼料。

栄養価の高い綿の実や乾燥パイナップル・コーンフレークなどが入っており、個々の牛によってそれぞれあげる量が違います。そして、たくさんあげすぎてもいけないので、実は牛の給餌は調整が難しいのです。

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「こう見えて牛ってかなりデリケートなんですよ。決まった時間に餌をあげて、乳を搾ってあげないと体調を崩しちゃうんです」と楠さん。

だから楠さんの毎日は牛が中心。毎朝6時の搾乳に合わせて牛舎に出勤、そして午前2回、昼1回、夜2回の餌やり。夕方17時には2回めの搾乳。この一連の日課作業は毎日欠かすことができません。

 酪農家に大切なのは「観察力」

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さらに、牛のお産の世話や準備、牛舎内を清潔に保つための清掃作業、牛が食べる作物や野菜などを育てたり収穫したりの農作業などなど、毎日手が休まる暇がない楠さんです。

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楠さんは牛飼いに一番大切なのは「観察力」だと言います。「わずかな牛の変化を見逃したら酪農家はダメなんです。毛づや、餌の食べ方、立ち具合など、餌やりと搾乳時には一頭一頭細かく観察して、牛のコンディションをチェックします。牛が発する情報をどれだけ受け止められるか、牛とのコミュニケーション力が試されますよ」

声をかけながら餌やりをする楠さん。牛と何か会話を交わしているようにも見えました。

牛乳ができるまで

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搾乳は牛舎の横にある専用のスペースで、ミルカーという搾乳機を使って行います。そして搾られた生乳(せいにゅう)は写真のように装置の中を通り、

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このバルククーラーの中で5℃に冷やされ、保存されます。一日分の搾乳が終わると工場へ運ばれ、ろ過・殺菌処理の工程を経て牛乳となり出荷されます。

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これが搾乳されたばかりの生乳。スーパーで売られている牛乳より濃くて、甘い味がします。でもさっぱりしているので大変飲みやすく、おいしいミルクでした。

楠さんのお子さんたちは、この搾りたてミルクが大好き。毎日学校から帰ってくるとすぐに冷蔵庫へ直行し、何はともあれまずはこの搾りたてミルクを飲んで、それからその他のことをするのだそう。

そんなミルク大好き子供たちのお気に入りメニュー、牛乳の栄養がたっぷり入った簡単レシピの「牛乳チーズカルボナーラ」の作り方をお母さんの洋子さんから教えてもらいました。

楽しみは愛牛ジャックの品評会

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バルククーラーの奥にずらりと並んでいるたくさんのトロフィー群。これは、乳牛のミスコンといわれる品評会「乳牛共進会」で入賞した時の記念トロフィー。

実はここ楠牧場は、共進会で数々の入賞を果たしている美牛の里牧場でもあるんです。

f:id:tepo1173:20181026104506j:plain 楠さんの目下の楽しみは、この、頭が緑のジャック・ジャッキー・ペギー号。少々長い名前ですが、これがこの牛のフルネームです。この子を共進会に出して入賞させることを目標にしています。

通称ジャックという男の子みたいな名前の乳牛ですが、搾乳量も日に40㎏以上ある優秀乳牛な上に、美しいスタイルと乳房を持っているそうで、楠さんが今一番期待している美牛です。

 野村町に甚大な被害をもたらした西日本豪雨災害

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(▲写真は西日本豪雨で流された大洲市肱川町の橋)

楠さんが住んでいるここ野村町は、今年7月に発生した西日本豪雨災害で甚大な被害を被りました。町を流れる肱川が氾濫し、川の近くだった町の中心部の地域はあっという間に2階の高さまで増水、たくさんの家屋が水没し、尊い人命まで失われてしまう過去最悪の洪水被害でした。

当時、高台にある楠牧場は浸水被害こそは免れたものの、3日間続いた停電でバルククーラーが使えず、牛の乳を搾っても泣く泣く廃棄していたそうです。

「停電で扇風機も使えない。暑い牛舎の中、水も自由に飲めなくてただでさえストレスがたまってる中、乳も搾ってやらなかったら、どんどん牛は病気になってしまうんですよ」

停電が解消されても、断水は2週間ほど続き、その間楠さんたちは、60頭の牛が一日に必要とする4tの水を確保するために、タンクをトラックに積んでは牧場と給水場の間を一日何往復もしなければならなかったのだそう。

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▲左から楠さん、JAひがしうわの龍山さん、お母さんの洋子さん

「一日中水汲みしては、水やりしていましたよ。苦労して集めてきた水だから大切に飲んで欲しいんだけど、牛にはそんなこと伝わらない。水槽に入れたとたんペロリと一気飲みしちゃうから、1時間かけて運んできた水が一瞬でなくなっちゃう。それぞれ存分に飲ませるのは無理だから、全頭公平に飲めるように、時間で区切って水飲み場を交代させることにしたんです。そしたら牛が怒るんですよ『もおー』って(笑)」

毎日4tの水運び、というかなりの重労働をしなければならなかった被災時。でも、そんな状況をユーモアを交えて明るく話してくれる楠さん。過酷な被災時でも牛にそれ以上のストレスを与えないように明るく、愛情深く牛に接していたに違いないのが伝わる、プロフェッショナルの酪農家です。

 奥さんと二人でできる範囲の酪農をやり続けていきたい

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「生き物相手の酪農家は休みがないから、何でもない普通の生活を日々重ねていかなきゃならないくらいに以前は思っていたんですね。だけど今度の豪雨災害で、その何でもない日常生活がどれだけ幸せなのかって、思い知ったんです。

電気が使えて水が出る。家族が元気でおいしいごはんが食べられる。牛が乳をいっぱい出してくれる。そんな日々が何より幸せですね」

それから、と楠さんは続けます。

「子供に酪農を継いでもらいたいけど、断水時の水やりは本当に大変だったから、あんな苦労は子供にさせたくない.とも思うし……。だから、この牧場の将来は分からないですね。今自分が言えるのは、嫁さんと2人で出来る範囲で牛を育てていけたらいいなってことだけです。それで、爺さんになったら小さなスポーツカーを買う。それに嫁さんと2人で乗って、孫の顔でも見に行けたら十分ですね」

そうだね、と奥さんもその言葉にうなずきます。

「でも、日常も幸せだけど、今年こそは家族みんなでUSJに行けたらもっと幸せだよね!」

楠ファミリーの笑い声が風に乗ってソルゴーの穂を揺らしていきます。

楠牧場の穏やかで幸せな日常が感じられる、そんな気持ちの良い秋の野村町、昼下がりのひとときでした。